「アースダイバー」

 中沢新一著の「アースダイバー」を読んだ。
 東京について書かれた何ともとらえどころのない不思議な著作である。
 近年の地質学の研究によって今の東京のある場所が、縄文海進期と呼ばれる時代に、どんな地形をしていたのか詳しいことが分かってきている。 縄文海進期といわれる時期には今より地球の温度が高かった。 その結果南極などの氷が解けて、現在より海水水位が高く内陸部の奥深くまで海水が入り込んでいた。 そのため武蔵野段丘の先端にあたる東京地区は、とくに入り江が複雑な切れ込みをつくっていた。
 ともあれ著者は以下のように書いている。
 ≪洪積層というのは堅い土でできているる地層で、これが地表に露出しているところは、縄文時代に海水の浸入が奥まで進んでいたときも、陸地のままだった。 この陸地だったところをえぐって水が浸入してきたところには、沖積層という砂地の多い別の地層がみつかる。 この二つの地層の分布をていねいに追っていくと、その時代にどの辺まで海や川が入り込んでいたか分かってくる。 このやりかたで東京の地図を描き直してみると、そこがまことに複雑な地形をしたフィヨルド状の(のような)海岸地形だったことが、よく見えてくる。 そこに縄文時代から弥生時代にかけての、集落の跡をマッピングしていく。 貝塚や土器や石器やらが発見されている場所である。 そこに古くからの神社の位置を重ねていく。 さらに古墳と寺院のある場所も、重ねて描く。 こうして出来上がったアースダイバー用の地図と、現在の市街地図をいっしょにザックに詰め込んで、街を歩くのである≫
 このようにして作者は東京の街を、新宿、四谷、麻布、赤坂、銀座、浅草、秋葉原・・・などなどをつぎつぎにフィルドワークして歩くのである。
 そのように歩きながら、都心の街は台地と谷の交錯する地形をつくっていることが実感としてわかる。 つまり都心部は高台と谷がつぎつぎに入れ替わるアップダウンのはげしい地形を作っているのだが、おかげでそこの散歩は楽しいし、疲れにくいのだと言うが、それはそれとして、その上の商店街の性質やそこに集まる人間の趣味まで決定しているのだと気づかされる。 つまり台地の上から谷地へ向かうたくさんの坂ができることになるが、坂は二つの性質の違う土地をつないでいる移行の空間つくっている。 その坂はかつて洪積層と沖積層のはざまにあった地だということがアースダイバー地図を見ればわかる。 そういうところはたいてい、沖積層の大地が海に突き出していた岬で、たくさんの古墳がつくられ、古墳のあった場所にはのちにお寺などが建てられたり、広大な墓地ができたりしている。 縄文地図における海に突き出た岬ないしは半島の突端部を縄文時代の人たちは、そのような地形に強い霊性を感じていた。 そのためにそこに墓地をつくったり、石棒などを立てて神様を祀る聖地を設けていたのである。 そのような時空を飛び越えた推論をベースにしながら、東京都心部の街々への作者のラブコールがこの著作を書く熱いモチベーションとなっている。 何ともとらえどころのない不思議な著作であるが、そのとらえている視点は正確に的をえていると思う。