ファム・ファタール

 先日映画「ファム・ファタール」について少し書いたが、書いた後<男を狂わす妖艶な悪女>とは一体どんな女のことを言のだろうか?と何となく心に引っかかっていた。  普通に暮らしている人にとっては、そのような特殊な女に縁がないことは分かるが、もしこれまでの数少ない知り合いの中にそれに近い女がいるとしたら、はたしてそれは誰だろうか?などと考えてみた。 消去法で絞った結果、一人の女の人が残った。 だが、現実の彼女は<妖艶な悪女>とはぜんぜんイメージが違う。
 ファム・ファタールということにこだわりなく、その女の人について少し書いてみる。 その人はオフより数才年下の美しい女性である。 若い頃東京の街を歩いていて「モデルにならないか」とスカウトされた経験は一度ならず何度かあったと聞いている。 まあ、彼女ならそんなことがあっても不思議ではないだろうと思うくらい見た目に綺麗で魅力的な女性である。 オフが知り合った頃彼女にはすでに恋人がいて、その相手と同棲のようなことをしていた。 聞くところによると、その相手の男は小さい頃は神童と言われていたらしいが、<十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人>を地で行っているような男である。 オフが知り合った頃はすでに二十歳も過ぎていたので、いわゆるただの人の状態だったが、この種の人にありがちな少しひねくれていて、いかにも付き合いにくそうなタイプだった。 何事でもトップは大嫌いで第二が好きで、たとえば東大は大嫌いだが京大がすべておいてよいとなる。 そうかといってそのよいと言う京大に入学出来なかったみたいで、同じ京都の同志社の学生だと聞いていたが、どういう訳か東京に住んでいた。 仲間数人と金を出し合って映画館を借りて、自分たちの好きな映画を自主上映していた。 映写技師の資格も取り、そのグループの中では中心になって頑張っていたが、当時は映画館はテレビに食われ最悪の状況にあった。 営業的には手弁当でやっても赤字続きだったのではないかと思う。 彼は結構器用なところもあり、石膏で人形を作り、それにデザインした洋服などを着せて、路上に並べて若い女性相手に売ったりしていた。 そのように夢を追いかけるように生きている間はよかったのだろうが、その内に生活に追われて段々疲れが出てくる。 そうなると彼女との間も少しずつ隙間が出来るようになり、彼女のほうも少しずつ相手を冷たく見放すようになっていく。 そのような性格の男だから、執拗な嫌がらせをいろいろ仕掛けたと聞いている。 その間隙に彼女と親しくなったのがアメリカ人の*だった。 もともと*は二人の共通の友人だったのだが、検査技師を仕事としていた彼女が、政府の技術指導員として一年間ミヤンマーに派遣されていた時に、わざわざ現地へ彼女を訪ねたことから急激に親しくなっていった。 この*も少し変わった経歴の持ち主で、アメリカでカーペンターつまり大工をしていたのだが、それに飽き足らず、日本へ来て京都の宮大工の元で修行をして日本の大工仕事を勉強した。 その腕を買われアメリカのIT成金がカリフォルニアで日本の寝殿造りを模した大豪邸を建てた時に、日本から行った大工をまとめる現場総監督をしていた。 だが、最後にオーナーと意見が合わなくなりその仕事から下りた。 その後日本では欧米の輸入住宅がブームになったが、アメリカからカーペンターたちを連れて、輸入住宅の建築を請け負う会社を経営していた。 そのブームも一段落してしまい、その後彼は落ち目になっていった。 そうなると前の例と同様、彼女は冷たくなり関係は急激に冷めていき、ついには離婚となってしまった。
 ここで彼女の性格に少し触れておくと、正当なと言うか純然たる上昇志向を前面に押し出しているタイプの男は大嫌いだと常々言っていた。 たしかにそんな男には明らかな嫌悪感を示して、上昇志向と逆の本来のコースを外れて、何かに好きなことに一生懸命打ち込む相手に引かれるところがあった。 だがオフの見るところ、たしかに表層ではそうであったかもしれないが、深層では上昇志向の強い相手を嗜好していたように思う。 本人も気がつかないまま本来の自分を無意識に抑圧し隠していたのではないかと思う。 昔、サゲマンという言葉が、嫌な言葉だが・・・さかんに言われていたことがあった。 その言葉を耳にすると何故か彼女のことを思ってしまう。 彼女に関わる男は困惑し別れ間際になっても未練という以上のものを彼女に対して抱き、その後も執拗な嫌がらせを繰り返したりしていた。 彼らがあまりに彼女と近い関係だったせいで表層だけの彼女の印象が強すぎて オフのように彼女の深層と表層の段差の違いがかえって見えないかったからではないかと思うが・・・。
 彼女は*と別れた後、日本びいきのアメリカ人の精神分析医と一緒になった。 一昔前まではアメリカのお金持ちはこぞって精神分析医に掛かっている時期もあったが、最近は急激にそのブームは萎んでしまっていると聞いている。 最近の彼女の動向は知らないのだが、何だかこれまでと同じようなことが再び起きているような気がしないでもないのだが・・・