親父のこと

 体調的には良くもなく悪くもないという日々が続いている。 相変わらず微熱は続いているので、多分CRP値はゼロに近いということはないだろうと思う。 明後日が受診の日なので採血に結果が出れば分かるだろう。 問題はサリドマイドが効いているかどうかである。 
 五月も半ばを過ぎてしまいオフも63歳になった。 オフの戸籍上の誕生日は実際にオフが生まれた日ではない。 親父が届出を忘れていて生まれた日が出生日として受け付けてもらえず、二週間さかのぼった18日が一番出生日に近いということで、その日がオフの戸籍上の誕生日になった。 後日親父がそんなこと突然言い出した。 「じゃあ実際に生まれた日はいつなんだ」、と聞いても、「忘れてしまって、もう思い出せない」、と言う。 「だったらややこしくなるだけで、そんなことを今頃になってわざわざ言い出すこともないだろう」、と親父に怒ったことがある。
 オフの母親は64歳で亡くなっている。 同じ骨髄のガンである赤芽球白血病であったが、医師によれば多発性骨髄腫と白血病との遺伝的な因果関係はないと断言していた。 母親はオフの父親つまり夫と別れた後、と言うか、夫が犯罪に手を染めてどこかへ逃走して姿をくらました数年後、オフの弟をを連れ子にして別の男と再婚している。 その後再婚した相手のとの間に女の子が生まれている。 その女の子は弟にとっては妹になるのだが、オフとの関係はと言えば・・・種は違うが畑は同じで、半分血の繋がりはあることになるのだが、戸籍上は他人と言うことになるのだろうと思う。 彼女とは弟の結婚式とか、母親の葬儀や法事などの席で何度か顔を合わせているし、メールなども時々入ってきている。 さて、オフの父親の関わった事件というか犯罪とは何であったのか、詳しいことは知らないのだが、断片的に訊いた話しを繋ぎ合わせて推察すると以下のような話になるのだと思う。 姑との折り合いが悪くて、乳飲み子だったオフを置いて家を出ていった母親の居場所を知った親父は、妻を追って彼も家を出ていった。 逃げた先で夫婦二人の生活をはじめ、そこで弟が生まれた(オフは自分に弟がいることは高校生ぐらいまで知らなかった)。 親父はその地方のとある会社に勤めていたのだが、その会社は本業の他に、取引先の小さな会社や個人などを相手に頼母子講のようなことをしていたようである。 まだまだ敗戦の後のゴタゴタした頃で、もぐりで金融業の真似事をしてもさほど問題にならなかったのだろうと思う。 そこの部門の下働きを担当していたのが親父だった。 その仕事上顔見知りになった講の会員の一人から、自分のところへの融資の話しが持ちかけられたが、決済する権限などない親父は正規の手続きを踏んで、まず上司に話を持っていくことを進めていた。 ところがその一会員はなかなか口が上手い男で、たしかに今資金繰りに窮しているが、一時的にも資金が都合つけばそれによって後は上手く流れるので、借りた資金はすぐ返せる、などと上手いことを言って親父を巻き込んでいった。 それだけではなくいろいろな贈り物などをそれとなく届けたりして、恩や義理を売るようなこともしていたみたいだ。 一枚も二枚も上手の相手に裏に表に持ち上げられた親父は、とうとう相手の口車に乗って上司の判を勝手に持ち出して押して書類を相手に渡した。 講の金を経理から受け取った相手はその金を手にして姿をくらましてしまった。 遅れて騙されたことを知った親父も、妻と弟を棄てて姿をくらますことになる。 結局親父は犯罪の片棒を担がされたことになったわけだが、その見返りは贈り物を貰った程度のおこぼれあずかっただけのことだった。 オフがまだ小学生低学年だった頃の記憶だが、尋ねてきた見知らぬ人と祖父が何か声高に言い合っていて怖かった。 今にして思うと多分相手は被害にあった会社の人だっただろうと思われる。 その時に相手側は、「被害にあった金額の弁償をしないなら、警察に告発して刑事事件にして息子さんを全国指名手配するぞ」、という脅しを掛けていたのだと思う。 それに対して祖父の言い分は、「後にも先にも家には**しか金はない。 これで足りないと言われてもこれ以上ビタ一文出せない、それで不服なら警察でも裁判でも勝手にすればよい」、そう言って祖父ははねつけたらしい。 結局相手は刑事事件にしても、被告に弁償し支払う金がなければ何の得にもならない訳だし、たしかに上司の印を持ち出した親父も悪いが、どちらかと言えば同じように騙された間抜けな男で、利益を得てないことなどを考えて、その**で手を打つことに同意することになったようだ。 その後々、気の小さいくせに大きなことを言いたがる祖父から、「あの切羽詰った場面で、自分だからこそ、たった**で話しを付けることができた」、と自慢そうに何度も何度も語るのを聞かされて、うんざりすることになった。