初恋の人は痛い

 一昨日田舎の友人たちがお見舞いに訪ねてきてくれた。 北陸を朝に出発して北陸道敦賀まで、そこからは国道27号を若狭湾沿いに西に移動、小浜から再び高速に上がり一路南へ下って神戸へ、2時過ぎに須磨のマンションへ到着した。 二時間ばかり歓談して彼らは一足先に明石大橋を渡り淡路島へ。 オフたちは遅れて淡路島へ、民宿で合流して魚料理を食べて、オフたと嫁さんと娘の三人は帰ってきた。
 さて、年月を経て初恋の人とのめぐり合いだが、なかなか偽・杜甫の詩のようにはいかないものだが、オフにも取って置きのエピソードがある。
 オフの初恋の人は、中学一年の入学時に最初に横の席に坐った人である。 小学校時代にも、ほのかに思いを寄せる相手は何人かいるにはいたが、みな淡い片思いだけで終わっていて、これらを初恋の人と呼ばないことにしている。 中学二年生の頃に、どういう訳かクラスでラブレターを書くのが流行ったことがあって、その時はクラスも違っていたが彼女に手紙を書いた。 返事はなかったが、ラブレターはその後もう一度書いた。 また返事はなかった。 そこでオフの片思いの初恋は終わりである。 後日、初恋の人も同じ高校へ進学したが、その頃は廊下ですれ違っても、もう顔が真っ赤になるようなことはなくなっていた。 高校を卒業して三十数年、初恋の人と会うこともなかったし、その後の彼女の動向すら知らないままであった。
 そんな相手ではあったが、今から十年前ほどの同窓会で再び出会った。 その同窓会のことはあまり覚えていないのだが、と言うのも、その時は多分オフの体調も悪かったのだろう、酒を飲んでかなり酔ってしまったからである。 二次会、三次会へも行ったと思うが、行ったことだけでその他のことは情けないことに全然覚えていない。 ところが同窓会から数日して我が家の電話が鳴った。 電話を受けたのは、多分オフの妻(当時はまだ生きていた)だったような気がするが、電話してきた相手はオフの初恋の人だった。 電話の内容は「今からお邪魔してもよいか」という内容だった。 これももう覚えていないが、電話を代わったオフが多分その場で妻の同意を取り付けて、OKの返事を出したのだったと思う。 その時は妻を前にしながら、もう気分はルンルンで最高潮に舞い上がっていた。 妻は初恋の人との昔のいきさつは何度か話ししたこともあって、知っていた。
  しばらくして外で車が止まる音がして、初恋の人が訪ねて来た。 ダイニングの椅子に妻と並んで座り、初恋の人はオフたちに向かい合うように坐った。 なぜ今日突然訪ねて来たの、という妻の質問に対して説明を始めた。 どうやら同窓会の二次会でオフが彼女と何かの話しをして、その結果、彼女はその場で後日オフの家を訪ねる約束をしたというのだ。 情けないことにオフはそのことに関してまったく覚えていなかった。
 そして、今日わざわざ訪ねてきたのは・・・と初恋の人はおもむろに話しを切り出した。 結論を言えば、無粋な話しで・・・初恋の人はある宗教を信仰していて、その宗教団体への加入の誘いであった。 初恋の人がそれを口にした瞬間、テーブルの下のオフの足に痛みが走った。 オフの足が思い切り蹴り飛ばされたのである。 まさか、そこで あ痛たた・・・と叫ぶわけにも行かず、我慢してオフは素知らぬ顔をして坐っていた。 それとなく横に坐っている妻の顔を盗み見したが、こちらも同じように素知らぬ顔をしている。 その話、つまり宗教団体への勧誘の話しは、妻が決然と断ってくれた。
 堅い話はそこで終わりで、その後雑談に移り、初恋の人はリビングに置いてある大きなカラオケセットを見て、あれ、どうしたの!驚いていた。 当時オフの会社はカラオケボックスも経営していて、レーザーデスクから通信カラオケに移行した直後で、いらなくなったレーザーデスクのオートチェンジャーの大きなボックスをリビングに二台も運び込んで置いていた。 初恋の人の旦那がカラオケが大好きという話になり、じゃ今から呼んで歌おう、という話になり、彼女は旦那を呼ぶ、オフは一昨日お見舞いに来てくれた友人たちを呼んだりして、たちまち我が家カラオケ大会会場になってしまった。 初恋の人の旦那は、当宗教団体の支部では少し偉い人だそうだが、親父ギャクの連発で、何というかひょうきんな人だった。 その場のことも今ではほとんど忘れてしまったが、一昨日も来たオフの友人のA君が彼女の旦那のことを、あの人はたとえばパチンコの話をするとなると、勝った時の話しばかりをするような人だ、と評したのが今でも妙に印象深く残っている。 その後、オフの初恋の人は同窓会には出てきていないので逢っていない。