医療費と長生き

 今年の新米で仕込んだ酒が出回りはじめ、まさに今が日本酒の一番美味しい季節である。 オフは今は病気もあって酒を飲むのをやめてしまっているが、先日新物の酒粕を買ってきて夕食にスズキで粕鍋をして食べた。酒粕が残ったので魚の棚で新鮮な中型の鯖を買って来て鯖を粕漬けにしておいた。 酒粕に味噌を合わせ味醂でといたものに鯖を切り身にして漬け込んだだけなのだが、焼いて食べるのが今から楽しみである。 昔から粕漬けの味噌は淡白な白味噌と相場が決まっていて、粕と白味噌は不思議と相性が良いとされている。 

 週末の金曜日、会社帰りに娘がパンを買って来てくれた。 買ってきてくれたのはオフの大好きなドンクのフランスパンである。 最近時々娘は週末になると遊びに来て、来ると嫁さんと三人で夕食をともにしている。 だんだん寒くなってくるこの季節、三人で鍋を囲んで暖かい食事は心を和ませてくれる。 娘は現在大手の食品会社のコールセンターに派遣社員として勤めているのだが、コールセンターなので女性社員が多くて30代から40代のこの年代の女性達は独身の人が多らしい。 食事しながらその独身女性達の婚活のおかしい生態を娘はウオッチングしてきて、報告するのを聞いているだけでなかなか面白い。

 現在オフが病院へ点滴してもらっている抗がん剤ベルケイド。 新薬と言われているだけあってこれまでの血液のがん治療に使われていた抗がん剤と違って、血液中の白血球や赤血球血小板などの細胞成分そのものを殺してしまうのではなくて、細胞成分の一つである形質細胞の中のプロテアゾームという酵素に働いて、その働きを抑制し抑え込む。 しかしプロテアゾームというのは血液中の形質細胞だけにあるのではなくて末梢神経やその他にもあり、そこにも働くので手足が痺れたりする副作用で悩まされることになる。 そして副作用が高じるとベルケイドは使えなくなってしまう。 もし次にこれを防ぐ方途があるとするならば、形質細胞のプロテアゾームだけになにか印をつけてそこだけに働くようにする方法が考えられる。 このような方法はすでに他の癌では試験的に試みられているという。 さらに一歩進めた高度の治療ということになるだろう。
 まあ、オフの病気多発性骨髄腫の治療にそれが用いられるというのはその先も先のことだろう思う。 なぜならこの病気の発生率は日本の場合10万人に3人程度で、現在の日本での多発性骨髄腫の推定患者は全部で1万1千人程度とされている。 ずばりそのような治療法を確立してもこの病気では患者が少なく儲からないだろうからである。

 現在オフは月6回あまりのベルケイドの点滴を受けているのだが、その費用は1回につき5万〜6万円あまり掛かっている。 月に点滴が5,6回あるから治療費はその5倍から6倍で月に30万〜36万円となる。 しかし、高額医療控除というのがあって月2・6万円を超える医療費については、ありがたいことに後日国が払ってくれて還付される。 しかし、保険が利いて本人が3割負担で5万〜6万円であるから、実際には点滴一回に付き16万〜20万円掛かっていて、これらの全部の医療費を計算すると月100万〜150万円掛かっていることになる。 ややこしいので本人の国民保険負担分は計算に入れていないとしても、国家は合計から2・6万を引いた残りの額を払ってくれていることになるからたいへんな金額である。 薬が効いて長生きすればするだけますます医療費が高額になってしまうという皮肉なことにもなっているのだが、それにさらに良い治療法や薬が開発されればさらにその金額が上乗せされ、税金で賄う費用が増えることになるというイタチゴッコが終わるところがない。人の生涯に使う医療費の半分以上は終末期のわずかな期間の医療に使われると言われている。
 評判の悪い後期高齢者保険というのは、今後そのような事態で医療保険制度が破綻する前の杖のようなものとして考え出されたのだろう。 まあ、いずれにしろ国民全員がこれまでのように平等な治療を受けるというのは無理な時代が来るだろう。 アメリカの場合人口の数パーセントのリッチな人々の平均寿命は世界トップクラスを誇る日本の平均寿命を超えていて、それ反してプアーな層の平均寿命は60歳そこそこの寿命というデーターがあったはずだと思っている。 そこには努力した人、がんばった人たちがご褒美を受けるのは当然だという考えが根底にあるのだが、いずれ日本でも低成長で今後高負担、高福祉は無理になり、ヨーロッパ型からアメリカ型にならざるをえない時代は遅からず来るだろう。 というよりも皮肉を込めて現在の長生きが苦しみでもある人々も少なからずいるのに見て見ぬ振りをして、一律に長生き=幸せなのだとする医療を考え直す時期が来ると言い換えたほうがよいのだろうか・・・。
 科学の進歩とみんなの幸せ、それに人間の欲望をミックスしてカクテルを作るとはたしてどのような味になるのだろう?