抗がん剤ベルケイド

 一昨日あたりから熱は出なくなり、胃の重みもとれて落ち着いてきている。 相変わらず夜中の寝汗は続いているが、発汗量も一時のことを思えば少なめになっている。 時々胸骨や肋骨に軽い痛みが走ったりしていたのだが、それも徐々に治まってきている。 ステロイドが効いているのだろうと思う。 まさに恐るべきステロイドであるが・・・しかし使い続けることが出来る薬ではなく、止めると一時停止していた病状はすぐさま進行しはじめるだろう。 そこで明日より抗がん剤治療が始まる。 しかし前回までの抗がん剤治療とは少し違う。 何が違うかと言えば、これまで使われていたものは、アルケラン、エンドキサン、デキサメタゾンなどで、いかにもな恐ろしげな名前の薬であるが、とにかく骨髄中や血液中の腫瘍化した形質細胞をやみくもに殺すための毒薬だったのである。 それも超大量に使われていたのだが、これを誤って飲んだりしただけで内臓器はたちまちボロボロになり、命はすぐにも尽きるというくらいの恐ろしい毒薬だったのである。 そんな薬だから腫瘍化した形質細胞を殺しただけでなく一時的に血液中の白血球は全滅してしまったし、ヘモグロビン、血小板、赤血球などもたちまち半減するほどのダメージをこうむった。 それだけではなくて諸々の細胞に働いて副作用として身体の変調をきたしていたし、今もそれはいろいろ残っている。 それよりも何よりもこれらの強い薬はもう二度と使えないほどオフの身体はボロボロなってしまった。 個人的な感覚でいえばこれらの薬を使った治療で最低10〜20年は寿命が縮まったなぁという感じがしている。 その見返りがせいぜい三〜四年の病状の進行の抑え込みだったのだが、オフの場合半年で再び病状の進行が始まってしまった。
 さてそれはそれとして、明日から始まる抗がん剤はベルケイドという新薬で、日本でまだ正式に認可されてから数年程度の経過しかない薬である。 これもまた抗がん剤であることに変りはないが、これまで使われていた抗がん剤とは少し違う抗がん剤である。 普通正常な細胞では細胞増殖をうながすアクセル役分子と細胞破壊をうながすブレーキ役分子がバランスよく働いている。 骨髄腫瘍細胞の中ではこのバランスが崩れ、なぜかブレーキ役分子の酵素の働きが高まり(ブレーキが利きすぎて)アクセル役分子が異常に細胞増殖させるということが起きている。 ベルケイドはその分子の酵素プロテアソームに働きかけ増殖を抑え込む働きをする薬である。 これだけならまことに嬉しい夢の薬ということになるが、問題の酵素であるプロテアソームは骨髄腫細胞の中だけにあるのではないのである。 骨髄腫以外の正常な細胞にもあるのでそれらへも働き、これが副作用として現われることになる。 それが肺や心臓、骨髄の障害として出るし、最も顕著に表れるのは末梢神経に出てくる。 手足のしびれである。 これが強く出た場合、手足の感覚がなくなり、当然のことながら治療はそれ以上続けられなくなる。 それでも今のオフにとってはこの薬を使う治療が、地獄に垂れ下った一本の細い蜘蛛の糸なのであって、冷静に考えてそれで一年病状を抑え込めるなら、それはそれでベターなことだと思っている。