蛍雪会 胞輩意識

 前回に続き蛍雪会の話題である。
 今回の会の直前に母校の野球部が県代表として甲子園に出場することになった。 オフの母校は農学校として開校してから100年以上経っているはずだから、まさに百年ぶりの快挙と言える。
 県大会の決勝戦ではシードされていた強豪である高岡商業に苦戦を強いられ、1対4で迎えた9回に逆転して県大会優勝を果たした。  地元にとってはまさに青天の霹靂の嬉しいニュースで
あったろうと思う。 残念ながら全国大会では甲子園の常連高の天理高校に一回に7点も入れられ、結局15対1で軽くイナされるように負けてしまった。 今回の同窓会は最初のうちは挨拶代わりにもっぱらその話で持ち切りだった。 100年を超えて卒業生を送り出している高校の初出場だから、寄付金も多く集まったということで、噂だが一億円を軽く超えたという話もある。
 それはそれで良かったと思うが、懇親会に移り酒が入って一次会の終了時には、甲子園まで応援に行ったという連中が10人前後、宴席の前に出て肩を組み校歌斉唱となったし、校歌の終りには応援団のリーダーを演じる人まで出て来て、フレーフレーの三々七拍子となった。
 その場ではせっかく盛り上がっていたのに今更こんなことを書くのは少し気が引けるのだが、オフは昔からあの雰囲気がどうも苦手で、その場で校歌にあわせて手を叩いていたが内心は白けた気分であった。 ちょっと見渡すと、カメラ係りをしていたA君も少しねむたい顔をしていて、口元は動いていなかった(笑) オッ同僚がいる!と彼に視線を送って笑い掛けていたが、どうやら彼はこちらからの愁波には気が付かなかったようだ。
 高校時代の同級生には何の思い入れもないが、時としてたんにある時期そこに通っていたというだけで、同朋意識をを持って肩を組むその遠慮ない馴れ馴れしさに付いていけなくなってしまうのだ。  
 この蛍雪会でも以前に一度何かの拍子でそのような雰囲気になったのだったことがあった。 誰かが前に出て手を前や横に振り校歌の大斉唱になった。 その時は苦笑いしながらその場を離れトイレに逃げた。 決して同級生達を嫌うわけではないし、むしろ個々の同級生達にはそれなりに親近感を持っているのだが、高校そのものに対しては特別な帰属感や思い入れはオフの場合極端に無いのである。 そんなことにことさらコダワルナということも言えるのだが、そこにどうにもならなくこだわってしまう自分が自分なのである。
 このことからは少し飛躍するようだが、所属部員の一人が禁止行為をした場合に部員全員に集団的な連帯責任をとらせる指導に、無性に腹が立ってしまうことに通じていくのだと思う。 そのことを前にもブログに何度か書いた。
 http://d.hatena.ne.jp/offer59/20060724 (06・7・24の「オフ59の日記」)


 今回の会の最中ちょっとした関連したエピソードがあったので書いておく。
 総会も終り、懇親会に移り各自がくじを引き当てた膳の前の席に座った。 たまたまオフの右隣に座ったのが久しぶりに出席したというK君だった。 酒を注ぎあいしながら彼は話した。
 「じつは昨年の市長選挙の時に、たまたますぐ近所の子供の頃から知っている若い人が立候補したので、その彼の応援のために高校時代に少しなじみがある同級生に投票のお願いの電話を掛けるということがあったたんだよ。 だが、君のところへ電話しても留守電でつながらない。 時間を変えて何度電話しても掛からなかったよ」
 「そうだろう、その頃は再婚した嫁さんの神戸のマンションへずっと転がり込んで居候していたのだよ」 と笑いながら答えた。(考えると病院に入院してベッドで寝ていた時なのだが・・・) さらに続けて、 「でも、留守で良かったよ。 君だと分っていたらそうは言わなかっただろうが、俺は選挙中に投票の依頼の電話にはいつも、『投票の依頼してくる候補には絶対に投票しないことにしていますので、よろしく』 と答えているんだよ。そうするとありがたいことに、二度とうるさい電話が掛かってこないんだよ」  それを聞いてK君は声を上げて、「それは良いなぁ、まったくお前らしいよなぁ・・・」と笑ってくれてので少しホッとした。
 じつは、それ以前にも一度知っている別の同級生から選挙の依頼の電話が掛かったことがある。 彼は最初に誰だと名乗ったので、例の決まり文句は言わないで済んだが、その時クドクドと話す投票以来のお願いには正直閉口してしまった。 世の中には同級生のツテを宛にして投票を依頼する電話などを掛けることはよくあることだし、その友人の気持ちも分らないでもないが、同級生というツテだけで電話をすることは、言ってみればその人の考えなどを無視して、同級生と言うだけでいわば無遠慮にこちらの内部に踏み込んでしまうことに気が付いてもらいたい。
 それはオフには決して出来ないことであるし、同時に決してして欲しくないことの一つなのである。