ズック靴

 テレビて映画を見てしまうと、なんとなく気持ちがダラダラしてしまう。 それでここのところ意識的にテレビでいた。 一昨夜は本を読むのも飽きてしまい、ケーブルテレビで映画を見た。 たまたまやっていたのが「父の祈りを」という映画で、70年代アイルランド紛争を背景に起きたロンドンでの爆発テロ事件を扱っているのだが、その内容がタイムリーなことにイギリスにおける冤罪事件の映画だった。 ロンドン市警がプータロウのアイルランド男を爆発テロ犯人に仕上げるのだが、そのマニュアル化された手口は有無を言わせぬほどのものだった。
 なんとなくやる気のない時は気分が落ち込んだり、いらついてきたりするので気分転換に、手間の掛かる料理をしたりすることにしている。 昨日はコロッケをつくった。 「時間の節約になるからジャガイモを茹でるのはレンジを使いなさいよ」 と嫁さんが薦めるのを聴きながら、あえて鍋で茹でた。 子供の頃新ジャガの小芋を鍋で茹でたことが何度かある。 茹でたての小さなジャガイモの皮をむいて塩を付けて食べる時の、あのほくほくして美味しかった記憶がいまだに忘れられない。 時間が許す限りだが、いまだにジャガイモは鍋で茹でてこそ美味しいと頭の隅でかたく信じているのだ。
 肉は豚のスペアリブから切り取って荒目にサイコロ状に切ったもの。 野菜はタマネギとシイタケとコーンを使った。 下ごしらえをしている最中に田舎の友人からTELが入った。 朝早く起きて白木峰という山にトレッキングに行って帰ってきて、みんなで酒を飲んでいる最中だよ、ということだった。 オフも田舎にいた頃には、彼らと年に一度だったが近くの山へオニギリ持参で出かけた。 オフは白木峰へは一度登ったことがあるが、その時のことを友人は覚えていて電話口で軽く話題にした。 そうなんだよ・・・その時はたまたまネットで知り合った山荘の近くに住む女と登った。 車から下りた時、彼女が履いていたズック靴の横が裂けて穴が空いいるのが分かって、それを見てオフは今日は引き返そうと言った。 だが、彼女は車からナイロンの袋を取り出してそれを足に巻いた上にズックを履いて登ると言い張った。 早春の頃で駐車場より先の道には雪が硬く積もっていたそんな頃のことだった。 彼女とはまだ知り合ってまもない頃で、とにかく頑固で我慢強い人だなぁ、と思った。 最初の内は二人ともあまり喋らないで登って行ったと思う。 途中何度か 「足は冷たくないのか」 と訊くが 「平気よ」 と答えるだけだった。 山頂近くの無人の山小屋で彼女が登山靴ではなくて何でズックにこだわっていることについて話を始めた。
 彼女は山登りが好きで、ガイドブックに書いてある一日で戻れる程度の山でしかも車で一、二時間で行ける周辺の山、そんな山へ登るのを趣味としていた。 旦那と別れた後で、忙しい土日以外の平日 (彼女は朝の新聞配達とキャディをしていた) 楽しみが月に一度の登山と言うわけだった。 そんな時に、どこかの山頂で二人連れの男性と出会いオニギリを食べながら軽く挨拶と会話を交わして分かれたことがあった。 その後しばらくして登山中にまたその時の二人に登山道で偶然出合うということがあった。 同行しながらいろいろ話をしていくうちに、少し年配の男が県内ではわりと老舗の登山店のオーナーであることが分かった。 彼女がごく普通のズック靴を履いているのを見て、「女性モノの登山靴があるが、お安くするから店に来て」と言ってくれた。 後日、その店へ行くとオーナーは赤い登山靴を持ち出してきて履くとピッタリサイズだった。 値段を聴くとこれはプレゼントだと言って金を取らなくて、その代わり今度これの足慣らしのための登山に一緒に行こうと誘われたと言う。 店には山で同行していた男も顔を出し、やたらそのオーナーの気前のよさを持ち上げたりする、その時の彼らの態度からなんとなく嫌な感じを受けたと言う。 それでもしばらくして連絡があったので、出かけたという。 車で登山口に着くともう一人の男は急用で来られなくなったと言われた時も嫌な感じがした。 仕方なく二人で登っていったのだが、途中で案の定横道へムリヤリ誘うような事があって逃げ帰って来たと言う。 それ以来 「登山靴は履くのが嫌なの」 と彼女の話は、まあそんなことだった。