ソフィーの世界

 退院して二十日あまり経った。 最初の頃に目にモノモライが出て38度の熱が出たが、その後はたいした感染もなく来ている。 先日の検診では白血球はおおむね普通の人並みに戻っている。 まだまだ味覚障害、唾液の出が極端に少ない、頭がスキンヘッドであるというというような二次的な副作用が残っているが順調な快復途上にあると思う。 鏡の前で歯磨きしたりウガイをするのだが、その度に薄くなった眉毛とツルツルのスキンヘッドを見ながら、片耳だけにでもピアスをしたいなぁと思う。 嫁さんに、どうだろうか?と訊いてみるが、いつも答えはダメダメである。 ヤッパ60過ぎのオヤチ”のピアスはまずいかなぁ・・・そうじゃないの、今はまだ感染症が怖いよ、と言うのがその理由であるが・・・(笑)

 昔、北欧の高校の一教師が書いた「ソフィーの世界」という哲学の入門書が、珍しく日本でもベストセラーになったことがあった。 それが何時だったか知らべて見ると1995年であった。 ちょうど日本の資産バブルが弾けた5年の後である。 70年代前半に生まれた団塊のジュニアが20代前半で大学生か大学を卒業した頃である。 社会ではリストラが言われ始め学生の就職の氷河時代がはじまり、フリーターという語が登場してきていた。  ウイキペディアによればフリーターという語はそのころ作られた言葉であると書かれている。
 ≪1980年代後半のバブル経済の時期に、ミュージシャンや俳優になるという夢を持っているため正社員として就職せず、日々の生活費はアルバイトで稼ぐ若者に対し、プータローと蔑視するのではなく、人生を真剣に考える若者として応援したいという意味からフリーターという言葉が生まれた。 また、アルバイトだけで生計を建てていくという考えからもある。 正社員で終身雇用だった時代背景は堅苦しいイメージがあった為、自由にアルバイトで職を転々としてフリーに(自由に)という意味もこめられている事からフリーターとも言われている。≫
 ≪企業はバブル崩壊後の景気低迷期に、正社員の採用を抑え、労働力を非正規雇用に置き換えることによって人件費削減を図った。 フリーター層増加のきっかけはバブル経済破綻と構造不況、それにともなう労働市場の緊縮によって、若年層が労働意欲をそがれ、かつ旧来の労働市場に魅力を感じなくなったことが大きい。 若者がフリーターとなる動機として「希望する就職先に決まらなければ、就職しなくともよい」 「他にやりたいことがあるから」といったものや 「自分に合う仕事を見つけるためにフリーターになった」などなど≫ 

 日本においてフリーターの出現は構造不況という社会的な要因と、バブル崩壊を目の当たりにした若者の意識の変化という両方の要因がある。 
 そんな時期に若者を中心に「ソフィーの世界」が読まれていた。 この本は一人の少女が郵便受けの中に差出人不明の手紙が入っているのを見つけ、それには<あなたは誰?>と一言だけ書かれていた、ということから話が始まるファンタジックな哲学入門書である。 どうやらこの本が若者をフリーターへ誘う一助になった・・・と推測できないことはないようだ。 現在、フリーターや非正規労働者などに対してマスコミ等が一方では同情的だったり、他方では批判めいていたりといろいろと喧伝されている。  しかし、それまでは見向きもされなかったこの手の本が読まれたということは、バブルの崩壊を目の当たりにして物質的な豊かさに生きがいを見出せなくなった世代が、これまでとは違う生きがいへ目を向けた始めた端緒だったとも言えないことはない。 物質的な豊かさの追求より、<生きがい>を優先させようとする世代の登場がこの時期に誕生したとも言ってもよいだろう。 我々は肩や腰やお腹が痛くなってはじめてその存在を意識する。 肩や腰やお腹が病んだり、故障しはじめてそれを意識し始める。 わたして誰?あるいは自分て何?と意識されるということは・・・私や自分が病んでいる、少なくとも衰弱して来ているのに気がついてはじめてそれが意識されることなのである。 時代は何の根拠や要因も為しに突然動き始めるのではない。 何かに気付き始めた人々が生まれ、最初は些細なその違和感が、水に小石が落ちた時の小さな波紋のように動きがまわりに静かに広がっていく。 

 15〜35歳までの労働力人口とフリーターの推移
  (単位:万人)

年\定義 労働力人口 内閣府定義 厚労省定義
1991    2,109    182     62
1993    2,171    215     79
1995    2,213    248     94
1997    2,271    313     119
1999    2,272    385     143
2001    2,275    417     159
2003    2,200     -     217

 資料出所:内閣府国民生活白書/厚生労働省・労働白書