芹と蕗

 昨夜は退院一日目の夜を須磨のマンションで過ごした。 先週末外泊した時はリフォーム中の和室の床はむき出しのコンクリートの床のままだったが、綺麗に絨毯が敷き詰められていた。 一続きになった前のリビングの古い絨毯との境目も特に違和感は感じなかった。 ところが夕食を食べたあたりから熱が出てきたし、その少し前から左目が瞬きする時軽い痛みを感じていた。 嫁さんに見てもらうと、これは目バチコだわと言う。 目バチコ?訊き慣れない言葉だが、多分オフの田舎で言う目ボロ、一般的にはモノモライのことだろうと思う。 とにかく今のオフは菌に感染しやすく片目にそれが出ただけで熱が出て、少しだが寒い。 まだまだ並みの人の半分ぐらいの体力というか抵抗力もないのだろう。 レスキュウーで出ている弱い抗生剤を飲んで眠たが、夜中に上半身汗をかいてパジャマを取り替える。

 一昨日主治医が五年という数字を出したと書いた。 これは次の再発までの時間ではなくて、再発して次の治療期間も含めて家庭で過ごせるような安定期間が平均して五年ぐらいだろうと言われたのである。 当然のことだがそれはあくまで平均だからそれよりも短いこともあるし、長いこともあるという意味である。 何度も書くようだがオフとしてはすでにそのあたりのことは覚悟しているつもりなので、その期間が頭にないよりインプットした上で生きて生きたいと考える。 中にはそんな事を一切知らないで生きていた方が良いという向きもあるだろうが、オフはそれを知った上でこの先を生きて行きたいと望むから、一昨日は主治医からあえてそれを問うた。

 昨日魚屋で買ってきたカレイと今ではオフの大々好物になったミミイカ。 これらを嫁さんが処理して、やや小ぶりなカレイは振り塩をして冷蔵庫でしばらく乾燥させて干物に(冷蔵庫は乾燥するのでまことに良い干物製造機でもある) ミミイカは目を取り外して里芋との煮付けにしてくれた。 最近は嫁さんも魚をサバク腕はなかなかのものがある。 やや時間はかかるが、仕事はアバウトなオフより綺麗なこともままある。 しかし、都会育ちのせいか食材のことは無知で、昨日買った野菜の中から芹を切って野菜と煮込んだ粥に最後に乗せて欲しいと頼んで置いたが、食べようとするとおかしなものが載っているし、食べてみるとアクのあるおかしな味がする。 小口に刻んで乗せてあったのは同じように昨日八百屋で買ってきた山蕗であった。 ややや・・・どうやら嫁さんは芹(セリ)と蕗(フキ)の違いを知らなかったみたいだった。 訊くと、どうやら蕗というはあの細長い栽培されたいわゆるツクリ蕗だけだと思っていたらしい。