政党と個人

 今週はじめ頃から体調のやや良い日が4、5日ほど続いていたが、どうやらここへ来てまた下り坂になってきたようだ。 それはまず食欲に現れる。 自分でも分からないまま食事が進まなくなるということから始まる。 最終的に集中力がなくなり終日寝てばかりで、本を読むのもブログを書くのも億劫になって出来なくなってしまう。
  麻生太郎首相の郵政民営化をめぐる発言で、政界はまた大きく揺れている。 が、今日はその揺れている政局のことについて書くのではない。 
 麻生首相が言う、一応賛成したが実のところ郵政民営化に賛成ではなかった、という発言について触れてみたい。
 国会議員は自民党だけでも衆議院にたしか300人ほどいたと思うが、それらの議員達が何時も何時も、どのような法案に対しても全員が同じ考え、同じ意見であるとはとうてい思えない。 党と言うのは同じ考え同じ志を持つ人の集まりだから・・・と言われても、個々の法案や問題に対して何時も何時も同じ考えであるとは思えない。 大筋では同じような考えを持ちながら、個別的にはめいめいの考えがあってしかるべきだと思う。 そのような銘々のこだわりの考えを大切にすることにもっとこだわってもよいと思う。 なぜならば民主主義というものの基本が個人の考えを尊重することを基本としているからである。 もっと個々人が自分の考えにこだわるなら、少しは現場での政治が緊張感あるものになるような気がする。 たしかに議員政党制ではそのような調整は国会に法案を提出する前に、各党内で調整するべきものというスジ論があるかもしれない。 また、そのようにしないと政治の行方、法案の成立の見通しが立たない、などといって政党の主張を通すことを最重要視する考えがあるかもしれない。 しかし、民主主義の根底は個々の意見の尊重であって、議会はそれをぶつけ合って議論して、相手の言い分を聴く事、そのことでより良い結論に導くことで成り立っているはずである。 
 アメリカ議会の上下両院協議で同意を見た大型景気対策法案に関する昨日も触れたニュースで、<米民主党共和党穏健派は11日、上下両院で可決された2つの大型景気対策法案の一本化で合意したと発表した> とあったが、これは民主党共和党の穏健派の人達が考えが一致したことで、この法案の早期の成立の見通しがたったことを言っている。 このように相対する政党同士でも個々の法案に関しては一部の人達が相手側の党の考えに同調したのである。
 これは人の意見や考えを優先的にすることからみればごくごく自然なことなのであると思う。 このように政党の枠を超えて個々人が自分の考えを優先して行動することが政治というものに活力を添えると思う。 そでこそ国会の場での議論にも熱が入り耳を傾ける気になる。 さらにそれでこそ人々の政治への関心や期待も高まり、失われている政治への信頼が快復していくのである。 今の国会での議論では、最後の議決に党の方針に沿って決議をするわけだから、議決の結果の数は最初から分かってしまっている上で議論をしていることになる。 もちろんその議論の中からここの所は少し妥協して野党に譲ろうとか、ということも出て来てはいるのだが、最初から決議のすればその数が決まっていることを改まってしているような議論には緊張感もなく面白みがない。
 どんな場合でも上下問わず常に同じ意見や考えであるというような政党は、党の綱領や党の幹部の言うことに全面的に従って個々の意見の違いを持たない共産党公明党だけで十分である。 民主主義というのはそれぞれいろんな意見を持つ個々人の考え、それを集約して進むべき道筋を明らかにしていくことである。 アンケート調査でも支持する政党が自民党でも、その個々の政策に反対の人する人がいる、それはしごく当たり前のことなのである。
 民主主義の土台にある人々の多様な考えを生かしていかねばならないのは当然のことと同じように、国民の代表たる個々の国会議員の個々人の意見を尊重することも当然のことである。

 昨日小泉氏は首相が早期成立を求める、定額給付金の財源に関する2008年度第2次補正予算関連法案に関しても「この法案が3分の2を使ってでも成立させなければならない法案だとは思っていない」とし、衆院再議決に慎重な考えを表明した。 これは麻生首相発言を念頭に「あのとき賛成したが、実はそうじゃなかったと言いたくない」と再議決での造反の可能性を示唆したことでもある。 中川昭一財務相は、小泉氏が定額給付金関連法案をめぐる衆院再議決での造反の可能性を示唆したことに関し「(1月の衆院採決では)小泉氏も賛成したはずだ。今ごろ何か言うのは理解に苦しむ」と反発。 金子一義国土交通相も「給付金を振り出しに戻すような話はすべきではない」と述べた・・・とある。 たしかにどちらの言い分もそれぞれである。 では最終的に・・・どうするのがよいのか? 最後は自分で自分の考えを決めて決議に臨んで、それを表明すれば良いだけである。