魔法

 Tバィに入っておおよそ一年ほど経過した時点で、この人と逢ってみたいなぁ、と思えたのはたった二人だけだった。 Tバィではそんな人にはメールや手紙を出すことが出来た。 逢ってみたいと思った一人目の人は千葉の人で、この人とはその後お互いに二、三回ほど行き来して逢って話し合いをした。 この人もバツイチさんで、オフがその頃バツイチさんから受けた印象は誰かれなく一様に疲れているなぁ、ということであった。 離婚までの厳しいやりとりや、その前後の辛い経過、たいてい女の側が子供を引き取っているので、それらの負担などがつもり重なっているからだろうと思う。 彼女の場合も五十代に入ってようやく子供から手が離れ、これから一人で生きていくへの不安やさみしさが再婚へ向かわせたということだった。 千葉の人の場合オフもまあまあ悩んだが、結局、決断するには最後のもうひと押しするものが欠けていた、とだけ書いておく。
 次のこれはという二人目の人は八王子の人で、やはり手紙を書いて返事を待っていたが、一月ほど経過してもOKともNOとも返事がなかった。 そんな時にさらに神戸の人の紹介があった。 両親は決して相性良くない夫婦ですが、半世紀以上連れ添って来た今の二人を見て最近夫婦も悪くないものだなぁ、と思えるようになりましたと素直な文章が書かれていた。 さらに長年病院暮らしをしていた兄がいる、とも書いてあったが、そんなことわざわざ書かなくても・・・と思ったが、それがかえってねじれたような妙な印象を残して少し迷ったが逢ってみるかと思った。   
 こちらはメールなしで紹介を申し込んだ。 連絡先を知らせるメールが来たのは神戸の人が先だった。 すぐ電話を入れたが、最初の電話で一時間ほどしゃべっていたのではないだろうか・・・電話を切った時には、これは行けそうだぞ、さっそく逢いに行こう・・・とイケイケモードが全開になっていた。 それから数日遅れて八王子の人から連絡が入ったが、こちらは、遅かりし由良ノ介〜である。
 しかし神戸へ出掛けたのは、一ヶ月程経ってからである。 その間にパーキンソンで入院していたオフの親父が亡くなった。 葬式を済ませ、初七日のお経が終わらせて早速逢いに行った。 その間毎日のように電話やメールをしていたが途中で、住んでいるところが離れているし、結婚というとなると無理があると思うからこのまま逢わないでおきたい、との彼女から申し出もあった。 いいですか**さん、あなたが両親の介護でそこを動けないのは十分承知です。僕の方は今回父親も亡くなり今まで以上に動きやすくなりました。あなたが動けない分僕が動けば済む話なのです・・・などなどと必死に説得した。 なにせこの一か月間自分の持てる知性、才能、情緒、感情・・・などなど全てを出して相手に魔法をかけた。 まあ、そんなモノのすべてはこの時のために・・・男が女を口説く時のために、あるものだ!ぐらいに思っているのだが(爆) だって、どんなによい学校や会社に入ろうと、出世しようと、お金をたくさん稼ごうと、よき伴侶に恵まれないほど男の人生にとって不幸なことはないのだから・・・  この世ではなかなかよき出会いというのはないものだと言われるが、オフは一人ならず二人もよき伴侶に恵まれた幸せ者であると今は思っている。 そんな二人に共通点があって・・・二人とも鬱病体質なのである。 と言うか、そのようなタイプの人がオフの好みに合っているということだけかもしれないが・・・

 もう一回だけ続く