変革された主体

 外泊最後の日。まだ貧血によるめまいは少々続いている。ヘモグロビン値が低いので病院へ戻ったら成分輸血があるかもしれない。かれいの干物とお粥で朝食にし、昼は親子どんぶり、夜は茶碗蒸しだった。これらは今のオフでも食べられるおかずである。久しぶりの外泊だったが、病人なのでただ食事をしてビデオを少し見て寝るというものであった。尚ビデオはイギリスのケン・ローチ監督の「麦の穂をゆらす風アイルランド紛争の話だったが、シリアスな問題をゆったりとした動きでとられた映画でなかなか良かった。 

  オフは学生時代は学内の創作劇団に参加している演劇青年で、役者というより裏方の脚本書きを目指した。 一作だけだったが脚本も書き、文化祭公演でその演出もした。 ところがその前後から、つまり68年ごろから学内外で全共闘運動が盛り上がり、大学はバリケード封鎖されるは大学からロックアウトされるわで、なんだか騒然としてきていた。 それまでどちらかといえば嫌っていた政治運動だったが、否応なく関わらざるをえないような状況になっていった。 劇団の連中10人ほどでノンセクトのグループを作り参加していった。

 少し前にサルトルについて書いた時にも触れたが、当時自分達の生き方、自己改革、自己改変についてバリケードの内外で熱く語り合っていた。 つまりは・・・状況にアンガージュした自分が、それまでのすべてに対して虚無的な自分と決別して、どのように自己変革し、ひいては社会を変えていくのかなどなどについて・・・それが政治に語られる場合だと、どのような革命的な主体と移行するか・・・などなどという大げさな話になったわけだった。 しかし、ノンポリであるオフたちの課題は上昇志向から意識的にドロップアウトして、自己変革された自分達ががさらに強化されるだろう管理社会へどのようにして風穴を開けていけるのか・・・などなどについて熱く語り合っていた。

 全共闘運動の下火ともに、気がつくとオフも大学から授業料未納で除籍という処分を受けて、名実ともにドロップアウトしてしまっていた。
 まあ、どちらかといえば、コースから外れたサバサバした感じがしたものだが、目の前には<明日からどうやって食って行くか>という問題が有無を言わせず立ちはだかることになった。

 日々の暮らしの中では、変革された主体などというものは何の意味もなく、ただただ食う事に追われるだけだった。