ロッキーのテーマ

オフが入院している病棟には風呂が二ヶ所あり、交代で1人30分の入浴が許されている。嫁さんに体を拭いてもらいパンツを履いた時に、ある日からどういうわけか、あのロッキーのテーマ曲が耳の奥で聞こえるようになった。
パーパパパパパ♪パーパパパ〜♪♪
パパンパ〜ン♪パパンパ〜ン♪
その時フード付きのガウンに身を包んでリングに上がるロッキーの姿と自分の姿が重なる。しかし、リングに上がってガウンを脱いだところで、オフの姿を見て観客から大きなどよめきが上がる。恐らくオフが試合に勝てると予想するものはいないだろう。
オフのパンツ姿があまりにもみじめだからだ。頭の毛は抜け、眼は落ちくぼみ、頬はこけ、喉は痩せてしわくちゃ、皮膚にはつやがなくカサカサで、よくもここまで痩せたものだと思えるガリガリの姿であるからだ。

実は現在の体重は65.5キログラムである。約2ヵ月間で20キロ体重が減った計算になる。ちなみに身長は176.5センチで、1.2センチ縮んだ。この間の骨病変の進行と抗がん剤投与の結果のこのみじめな姿である。2回の抗がん剤投与による不快感・不眠・むかつき・吐き気・胸骨を中心とする痛みの日々がずっと続いていて何日間かは食事も出来なかったし、食べても吐き戻していた。


もともと子供の頃からオフは体の丈夫な子ではなかった。
よくお腹が痛くなり、腸を壊していた。また、バスに乗るとよく乗り物酔いにもなった。一番よく覚えているのは小学校6年生頃の春の遠足の時のことだ。朝から熱があって体がだるかったが、遠足に行きたいばかりにそれを隠してバスに乗った。その時は最悪だった。
その時の目的地で友人数人と撮った写真が残っているが、夏の日差しのような中で元気そうな友人たちは暑いのか、上着を脱いだりして元気いっぱいに見える。オフの姿はその中でまさに対照的で、うしろのほうで幽霊のような顔をしてひとりぼんやり立っているだけである。

その写真の中の友人の一人にあまりきれいではない格好のKU君がまぶしそうな顔をして映っている。このKU君は今なら特殊学級に入るような生徒だったが、当時の小学校には特殊学級はなく、知恵遅れだが一応クラスの一員だった。一番前の窓側が指定席で、先生がポケットマネーで買い与えたボール紙と糊とハサミを使っていつも何かの工作物を作っていた。KU君は貧しい父子家庭で、町はずれの製材所で働く他所からの流れ者の父親と二人で暮らしていたと思う。一年中のりでべたべたになった汚い服を着ており、身体は少し臭っていた。
ある時クラスの席替えがあり、男同士・女同士ペアになって席を決めることになった。ところがKU君と一緒に座りたいという子は一人も現れなかった。そこでオフは最後に手を挙げて、僕がKU君の横に行ってもいいと言った。
それでめでたく席替えは終わった。
実はオフも好き好んでKU君と並びたかったわけではない。その前の席順で近くにいた女の子がKU君の席の近くに決まっていたことを知っていたから、そこへ行くのを希望したのだ。そんなことを知らないKU君は汚いタオルで僕の机と自分の机の脚を固くしばって嬉々として喜んでいた。身体が強くなかった事からずいぶん話がそれてしまったが、そんな思い出がある。

今日はここまでにしよう。