癌は病気ではない 2

 オフの嫁さんはここ数年閉経期後の更年期障害に悩まされ続けている。 この障害についてホルモンが関与していることだけは分かっているが、今のところ更年期障害にほとんど手の着けようがなく、ただただ現われる症状に対して対症療法的な対応するしかない。 これは脳にとって身体がまさに自分以外の自然に属する何モノかであるからである。 また、よく一般的に言われるのだが性犯罪を犯す人々の事を本能の命ずるままに行動する云々・・・。 しかし本能が命ずるまま行動するレイプ犯などいるわけがない。 動物は本能の命ずるままセックスをするが、あくまでそのセックスは子孫を残す行為としてやっているだけである。 レイプ犯は脳の命ずるままレイプをするのであって、本能の命ずるままレイプを犯すレイプ犯などいるわけがない。 すべての人間は今や脳でセックスをしているのである。
 本能で生きている犬や猫などの動物は、当然ながら咄嗟の死の危険は避けるが、目の前に迫らない限り死ということについてあらかじめ思い悩んだりすることはないだろう。 自我を持つ人間だけが死を不安に思い怖がる。 詳しくは書かないが、人の脳が発達しついに自我を持ち、身の回りを理解しょうとする中から時間というものを考え出し、自我の居場所をその時間の中に置くことに決めた。 その点から自我は時間の先や後を知らないと落ち着かなくなった。 そこで自分の存在に確たる根拠を持ちたいがため人や生命や地球、宇宙のルーツ探しを始めた。 また、いずれ自分が死ぬことを知ることにもなった自我は、自らが死んだ後も世界が続くことを理不尽に思うようになる。 つまり、自我は死なずに永遠に生きたいと思うようになる。 また、死から来る不安から色々な幻想を生み出し、その幻想に殉じて死ぬ(生きる)ことで限りある自己を未来へ、つまり永遠に繋げたいと欲する。 すべてを知って自分の傘下に置きたい、そして永遠に命をつなぎたい。  この二つを手に入れること、それが本当のところ脳=自我の欲求のすべてになった。

 さてさて話を癌に戻そう。 昨年京大の山中教授が中心となって、万能細胞と言われる人工多能性幹細胞(IPS)を人工的に造ることに成功した。 その人個人の細胞を元に、それを人工的に増殖させ、さらにはその細胞から人の臓器まで造れるのだと言われている。 そうなると例えば胃に癌が出来た人の場合、その癌を手術で切除するのではなくて癌に侵された胃そのものを切除して、新しく造った胃をそんぐり移植する事も出来ると言うことだろう。 驚くべきことである。 幹細胞からオフの形質細胞を造り人工透析機を通じてそれを血液の中に入れ、形質細胞を全部そんぐり入れ替えることなど訳もないことのようにも思える。 車のどこかのパーツが故障すれば、それを取り換えればよい・・・言ってみればラジエターに水漏れ穴が空けば、そこの穴を塞ぐのではなく、ラジエターそのものそんぐり取り換えてしまえ、というやり方である。 癌の原因は分からないが、とにかく癌による死亡を防げると言うことになればこれは身体に対して脳の側の大勝利となるだろう。
 現在日本人の死亡の原因の三分の一が癌であるされている。 その癌患者たちが死なないとなると・・・オフが病室のベッドで一人愚考するのだが、この先日本には老人がとんでもなく増えるだろうと言うことだ。  しかし、先日TVで先進国を中心に若い男性の精子が無くなったり、あっても弱くて生殖能力がなかったりする原因不明の現象が多々出現しているという報道番組を見た。 人の遺伝子の組み合わせは現在働いているものはおおよそ3万ぐらいだと調べがついている。 ところが染色体の組み合わせの数からいえば約1兆個ほどあるのだそうだ。 これらの遺伝子は現在活動していなくて閉じられているのだそうだ。 1兆! と言うことは9999億9997万個ほどの現在働いていない遺伝子の染色体が隠されてあると言うことだ! 遺伝子N-14番の染色体が普通の人は開いているのに、骨髄腫になったオフのは、ある時点で何らかの原因でこれが閉じたことが予想されている。 ことはたったこれだけの事で・・・!なのである。 果たして脳の大勝利と喜べる日が近いのだろうか? <身体> 恐るべし、けっして侮ってはならないという気がする。 

 何だかまた話は途方もない方向へ行ってしまった。 
 もちろんオフも脳で生きる人間の一人である。 自分の身体に癌が出来ていると訊かされて、何とかその癌をなくしてもう少し生きたいと願って医療の手に委ねた一人である。 ただこの間の治療を受けながら、ずっと考えていて最後に考えが至ったのは、思い当たるフシは何もないのだが・・・とにかくオフの身体は殺し屋である癌をオフの身体に発生させて、お前は死期が来ている、と身体は強制的にその生命を閉じようとしたのだなぁ、という認識だけは今回持っに至った。
 PCの最新版のメルクマニュアル医学百科に多発性骨髄腫について書かれているが、http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec14/ch175/ch175c.html
 素人にもたいへん分かりやすくまとめてある。 その最後に ≪現在のところ、多発性骨髄腫を治す方法はありません。しかし、治療をすれば60%以上の率で病気の進行を遅らせることができます。診断されてからの平均生存期間は3年を超えますが、個々の生存期間は、診断時の状態や治療に対する反応によって異なります≫ とある。 現在オフは一連の治療が終わり、データーが落ち着くのを待って退院待っている身である。 最終的な結果はまだだが、一連の治療は効果があったことは自分でも十分分かる。 この治療を受けていなければオフは多分今頃死んでいたか、生きていても瀕死の状態だったろうと思う。 メルクマニアルによれば治療が上手くいけば3年を超えて生き長らえると書いている。 それを信じてとりあえず今は3年の余命を貰ったと考えている。
 また話は飛ぶが、以前何かの本で、アメリカのある男性が心臓病で死にかけていたが、脳死の人からの心臓移植で生き返ったという話を読んだ。 その人に地元マスコミがインタビュウーした。 生き延びて何が一番良かったですか?という質問に答えて男性は、長生きして良かったこと? 長生きしたおかげでバイアグラという薬まで発売され、それを飲んで試してみたんだよ、一番ん良かったことは長年ぶりに妻とアレがもう一度出来たことさ、と答えたとある。 その人は移植施術を受けた日から一年後、インタビューに答えた日から数ヶ月後に身体に突然拒絶反応が出て亡くなったとあった。 何だか笑えるような、笑えないような話である。 
 さて、メルクマニュアル医学百科の最後には、≪多発性骨髄腫は最終的に死に至る病気であるため、終末期のケアについて、主治医や家族、友人を交えて話し合っておくことが大切です≫と書かれているが、さてさて、とりあえず3年の余命を貰ったオフはこの先この3年で何をしようか?  もう一度、古民家再生の仕事を続けたい気持ちはあるが、肉体を使う仕事はもう出来ないことは分かっている。 とりあえず半年間、体力回復のため食べて寝るだけの生活を続け、その間に夏目漱石全集でもぼちぼち読もうと思っている。
 昨日、たまたまその漱石の『明暗』を読み始めたのだが、ほぼ最初に以下のような文章があった。
 ≪「この肉体はいつ何時どんな変に会わないとも限らない。それどころか、今現にどんな変がこの肉体のうちに起りつつあるかも知れない。そうして自分は全く知らずにいる。恐ろしい事だ。」≫   これは主人公の津田が医者から胃から腸へかけての腫瘍のあることを指摘をされて、手術をすすめられた後、電車の中で悶々と考えるところである。 ここで津田が肉体と言っているが、この肉体がオフのいう身体であり、自分は全く知らずにいる、という自分を脳ということに置き換えることも出来る。 先ほど漱石の事をPCで少し知らべていて驚いた。 何と彼は50歳で亡くなっているのだ。 そうか・・・人間の価値は生きる時間長い短いではないのだ、と改めて思ったからだ。 オフも来月で62歳である。 う〜ん、とりあえず後三年・・・・・・か・・・